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まったく共感の出来ない涙もある
めったに無い事ですが、どうしても共感を覚える事ができないという涙を見る事があります。
それが今朝でした。
私の周りと言うわけではなく、テレビを見ていて、その複雑な心境に陥ったのです。
それは、若くして、孤独死で亡くなった、元芸能人のニュースを取り扱っているとき。
一人の女性コメンテーターが、亡くなられた方の事を、随分と親交があったかのように、自身の思い入れも込めて語り、最後は涙で言葉を詰まらせるのですが、
一方で、その方とは連絡は、一切取っておらず、深い親交があったわけでもないという。
この人は、女性の死に対して、どのような思いで、涙を流しているのか?
疑問が頭をもたげました。
ドキュメンタリー番組で涙を流す事や、映画やドラマなどの創作でも、感情移入して涙を流す事はあります。
私も、自分の周り、現実で起こったこと以外でも涙を流した事があります。
しかし、故人のニュースで、コメント中、涙を交えながら、近しい人物のように語りながら、連絡は一切取り合う関係でもない。
そのスタンスで涙して語る姿は、とても意地悪く解釈すると、その場凌ぎで友人面をして、心優しい人を演出しているようにも思えたのです。
人ではなく自分が一番の人は、涙を流すのではなく、涙を誘う
そして、こうした場面は、テレビの世界だけにも限らないですよね。
あなたの周りにもいませんか?
友人の相談ごとなどを聞いているうちに、最初は同情していたはずが、途中で、なにか違和感を感じる事があります。
その時は、当人に合わせて、その場はやり過ごしますが、一人になったときに、相談の内容を、頭の中で巻き戻し、整理していく作業をします。
すると、その人が涙を流しながら訴えていた話は、悲しみではなく、哀れさを誘うことで、誰かに優しくして欲しいという、欲求願望を見つける事があります。
また、自分の事ではなく、あたかも誰かを心配するような素振りを見せながら、周囲に自分が、いかに優しい人間である事を、アピールする人もいます。
そうした人たちに共通している事は、自意識過剰な人間であること。
常に、周囲から自分が評価を受けている人間だと勘違いしている人に多い気がします。
また、そうした人は、日頃より感情の起伏が激しく、自分の事ばかり語り、相手の話に耳を傾ける事が出来ない人に多くみられます。
自己愛の塊だったAさん
以前に勤めていた会社で、途中入社して来た女性社員(以後、Aさん)が、そのタイプでした。
初日から、明るさを通り越した、ハイテンションな性格は、生来のものではなく、どこか無理をして作られているような、ちょっとした危うさを感じました。
私は、異性と言う事もあり、適度な距離を保って接していたのですが、一人の女性社員が、日頃より、話好きで面倒見もよい性格だったので、Aさんともすぐに仲良くなった様子でした。
Aさんは、やたらと高いテンションと、突然な距離の詰め方を除けば、仕事は普通にこなし、職場内では、問題がありませんでした。
しかし、2週間もした頃に、Aさんの世話役となっていた女性社員が、上司にAさんの事を相談していました。
その相談内容は、仕事外で、Aさんからひっきりなしに電話が掛かってきて、毎度、自分の身の上話をしてくる。
それが、深夜にまで及ぶことも多くなり、最初は職場の仲間と言う事で付き合ってきたが、毎日、それが続くことで、心身ともに疲れたという話だった。
Aさんは、その当時、30歳を過ぎ、学生気分が抜けない年齢ではありません。
普通であれば、相手に負担をかけている行為だと言う事は理解できます。
話の内容も、常に自分は可哀相な人間で、周囲が悪いという話を、涙も含め、感情を昂ぶらせて話すとのこと。
それを延々と、聞かされた女性社員のストレスは相当なものだったでしょう。
結局、上司がAさんと二人きりで話を持ち、収まりをつけました。
しかし、その話し合いの中でも、Aさんは、ついぞ、相手がそこまで負担に感じていたとは気付かなかったと、答えたようです。
その後、Aさんは、それから一ヶ月もしないうちに、理由らしい理由も告げず退職されていきました。
彼女からすれば、自分を理解してくれない、心の狭い人間ばかりの職場とでも映ったのでしょう。
強すぎる自己愛や自己憐憫は、孤独を深めてしまう
結局、Aさんという人は、自分の事には強い関心は示しますが、相手に対しては一切の関心も配慮もなかったので、周囲もAさんを理解をすることができませんでした。
冒頭の女性コメンテーターが、それに当てはまるかは別として、あまりに自分の世界の中だけで、物事を解釈し、自己完結するような立ち振る舞いは、涙を流そうとも、共感しにくいものを覚えます。
私の経験で言えば、友人の死を悼み、涙する場合の多くは、これまで親交を重ねてきた人ばかりでした。だからこそ共感も覚えますし、同じように故人との思い出を語りながら涙します。
しかし、満足に人間関係も築く事のなかった人が、涙する姿は、その死者に対してというよりも、自分の何かに置き換えて涙しているのではと考えてしまいます。
そうした人を見ると、先のAさんを思い出すのです。
常に自分だけの感情や気持ちを優先し、自分だけの世界を突っ走るあまりに、良い関係を築けそうな人も傷つけてしまい、職場も失ってしまう。
ときに強い自己憐憫や自己愛は、周囲の理解を得られず、孤独を深めていくこともあります。