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松本人志、宮崎駿監督の引退宣言特集で謝罪するも、言い訳は必要なかった
フジテレビの情報番組『ワイドナショー』で、先週5月28日放送内にて、スタジオジブリ宮崎駿監督の引退宣言特集を組むも、放送終了後、そこで紹介されたものが、まったくの別人が創作した偽物であることが発覚。
そして、4日の放送冒頭で、謝罪を伝え、番組のメインを務める松本人志さんも、
「スタッフの責任として丸投げするのは嫌なのですよ」と切り出し、
「正直言うと、知らんがなですよ。与えられた情報で、それを信じてしゃべるしかない。文言を全部確認して、裏取りもしないといけないのは我々の仕事ではない」
それでも最後には「今後、このようなことがあったらワイドナショーを降りようと思ってます。マジです」
番組に本気で取り組んでいるからこそと言う、松本さんなりのスタッフへの檄にも感じた時間でもありましたね。
しかし、その後に、ネットの一部で、宮崎駿監督の引退宣言特集の際に、馬鹿にするような場面があったと受け取られた事には、はっきりと、そんつもりなかったと、心外である事も伝えていました。
これについては、私も先週の放送を見ていたのですが、松本さんと東野さんが、宮崎さんの事を、笑いながらイジっているように映りました。
一体、何回、引退宣言すんねんという、空気、雰囲気でした。
また、そうしたイジれるという部分があると思ったからこそ、スフッタもわざわざ、フリップも用意しコーナーで紹介した訳じゃないですか。
ただ、この引退にまつわるエピソードが、まったくの他人が作った物で、それをちゃんとした確認も取らなかったのは、完全に番組の落ち度です。
コーナーで取り扱った、引退宣言特集自体がまがい物であった以上、それに輪を掛けて笑いにした時点で、その行動を避難されても仕方ないと思います。
そういうつもりじゃなかったという言い訳をしても、何か聞き苦しいものを感じます。
それでも、言い訳じゃないというのであれば、単純に笑いのレベルが低かった事で、誤解を与えてしまったのではないでしょうか?
あの時間帯が、本当に謝罪の場であるなら、その一点に徹底すべきあり、悔しさから出た言葉でも飲み込むべきです。
言い訳ととられる発言が一つでもあると、それまでの言動全てが台無しになることもあります。
一度は、次に何か問題を起こせば降板すると言う覚悟を見せて、その直後に、でもと、言い訳を繋げるのは、見苦しさだけが印象に残ります。
愛称のつもりだったが
以前、社会面のニュースで、教師が良かれと思い、生徒に愛称をつけたことが、逆に生徒を傷つける事になり、教師がいじめを助長するのかという、報道を何度か目にしました。
その愛称も、ほとんどが生徒の特徴(コンプレックスの可能性がある)から付けたもので、これが生徒に心から受け入れられると本当に思ったのかと、問い質したくなる気持ちでした。
で、問題となった事で、教師が開口一番にするのが、
『そんなつもりはなかった』です。
じゃあ、その教師が肥満体であったとし、そこから生徒に、
『豚先生』や『デブ子先生』と呼ばれても、心に波風一つ立てず、穏やかに受け入れる事ができるのかと言う事ですよね。
そんな教師(人間)いる訳がありません。
そうした時には、たとえ悪意がない言葉でも、友達を深く傷つける言動になる場合もあると、生徒に諭すことが、教師の務めのはずです。
そもそも、特定の生徒だけにわざわざ愛称をつける事自体も軽率です。
それが、いじめの原因に挙げられる特徴の一つであることも知らなかったとは思わないのですが、教師にとっては、生徒との距離を縮めたかったのか、遊び心だったのか、どちらせよ、不快な思いにしかさせないですよね。
謝罪するなら言い訳は引っ込めるべし
冒頭の松本さんにしろ、前述の教師にせよ、問題となり、それを過ちだと認めたら、平身低頭の姿勢で謝意のみを伝える事です。
そこに、『でも』や『そんなつもり』などの、言い訳は一切いらないのです。
両者に言えることは、笑いにもなっていなければ、喜ばれる行為でもありません。
発言する前に、自分が逆の立場になったときに、どう思うのかと言う想像力を働かす事ができるかどうかです。
そこに、個人の矜持や、理屈などは、相手にとっては関係ありません。
松本さんで言えば、その時の笑いのレベルが低すぎて、いじりが悪意的にしか見えなかった。
まず、嘘であれ、本当であれ、人の引き際を笑いにするという時点で悪趣味極まりないというしかありません。
もし、松本さんが今でも尊敬している先輩である、島田紳助さんの引退会見を、誰かがお笑いでいじったとして、お笑いの本分やからと許せるのかという問題ですよね。
私は、許さないと思いますけどね。
教師の場合には、元より人に何かを教える前に、人間的、道徳的な勉強が足りていなかったのではとさえ思います。
誰かを傷つける行為や、言動の時点で、笑いでも、教育でもないと思います。
そして、非を認めるのなら、言い訳はしないで欲しいですね。